「人間が引き起こしてしまうことに興味がある」
彼は一体、なにに興味を持ち、なにを考えて、「経済学」という学問を選んだのか。
京大の経済学部の卒業生正代表が語るこれまでの経歴は、経済学部志望者だけでなく、学部選択に悩む高校生、博士課程進学を考える大学生などなど、たくさんの人に読んでほしいインタビューとなりました。
京都大学経済学部卒業後、京都大学経済学研究科修士課程、2019年春から京都大学経済学研究科博士後期課程進学。 小学3年生の頃から天体に興味を持ち勉強の楽しさに魅せられる。次第に興味の対象は天体から人間の心情や行動に移る。人間の行動やその帰結を数学的に分析したい、というところから経済学部を専攻し、現在はマクロ経済学(人口動態・社会保障・税体系)を研究している。
経済学と自分
どうして経済学部を志望したのですか?
ちょっと長くなっちゃうけどいいですか(笑)
小学校3年生くらいから、天体がめっちゃ好きだったんですよね。ロマンがいっぱい詰まってて、そういうのを知っていくのが楽しくて。面白くていろんなことを知りたくて、どんどんいろんな本を読んでいきました。
小学校4年生のころに、「中学生でもわかる相対性理論入門」っていう本と出合ったんです。中学校3年生までの数学で相対性理論を説明している本で、理解できないなりに頑張って読みました。
でも、知れば知るほど宇宙が相対的に大きすぎて、だんだん怖くなっていったんです。僕の中で「無機質な怖さ」が生まれてきたんです。
怖くなっちゃったからこそ、逆に有機的なもの、例えば「人間」に興味が移ってきました。
それ以降、中学高校と”人間の行動や心情によって引き起こされてしまうこと”に興味を持ち、勉強を続けました。例えば宗教とか、イスラエルとパレスチナとの間の争いの話とか。人間の信条とか行動原理って、どうやってつくられているのかなとか、そういうのに興味の対象が移ってきて。
こういった、いわゆる文系っぽいことを勉強するのが好きでした。だから、学部選びとしては文学部・経済学部・法学部などの文系学部が候補にありました。
一方、自分の成績はというと一番数学が得意だった。文系学部で一番数学が必要とされている学問って何だろうって考えたときに浮かび上がったのが経済学部でした。
経済学って文系?理系?
うーん…人間の行動やその帰結を数学を使って説明するのが経済学、かな。
数学を使うという意味では理系だけど、その対象が「人」だという意味では文系だと思ってます。
経済学では、人間にフォーカスを当てていて、個人の意思決定の結果について考えています。
例えば、僕が専門にしてるマクロ経済学なら、個人の行動の結果の国全体がどう動くかを考えていたり。
もっと具体的に言えば、国が税金をとるとして、どういう方法が最適かなって考えることとかかな。
選択肢は消費税と法人税だとして、どっちを増やしたらその結果富裕層がどうなるかとか、貧困層がどうなるかとかを考える。
それで最終的にいい社会にするにはどうするのがいいんだろう、とかね。
いまいちピンと来ません…身近な例はありますか?
経済学の代表的な例に、「囚人のジレンマ」というものがあります。
AさんとBさんがふたりで銀行強盗して捕まったとする。
ふたりには、自白するか黙秘するかの選択肢があるよね。
別の部屋で尋問されていて、お互いがどちらを選ぶかはわからない。
それぞれが自白したら、ふたりとも5年間刑務所。
片方が自白したら、自白した人は1ヶ月、黙秘の人は8年間刑務所。
お互いに黙秘したら、罪は成立しないからすぐに出られる。
Aさんからしたら、Bさんが自白しようが黙秘しようが、自白した方が得になる。もしBさんが自白した場合には自分は絶対自白した方がいいし(黙秘したら刑期が長くなっちゃう)、Bさんが黙秘した場合にも自分は自白した方がお得(自白したら1ヶ月で出所できる)。
Bからしても同じく、自白した方が得。
そうしたら、結局ふたりとも自白するって結論になっちゃう。
話し合って2人で黙秘するのが、刑期は短いし、全体でみたら得をしている。
だけど、人間の意思決定や行動を分析すると、なぜかふたりとも自白って結論になる。
こういうのが面白いなって思うし、いろんなことに当てはまるんですよ。
もっと身近なところでいえば、和式トイレの流すための棒を蹴るか蹴らないか問題とかもそうです。
みんな蹴ってるかもって思ったら、手で流したくなくなるよね。だから、みんなが蹴って流すという帰結になる。みんなが手で流せば流すための棒はキレイなままだし、一番嬉しいはずなのにね。
だから、ボタン式やセンサーで流せるような形式はものすごい革新だったんですよ。
…っていうのに、学部一年のときに高速バスに乗ってるときに気付いて興奮しました (笑)
もっと大きい話で言えば、核兵器を持つか持たないか問題がある。
国同士の意思決定の上では、みんな持つことになっちゃう。
だって、他の国が核を持っていれば自分の国も持った方がいいし、他の国が持っていなくても自分が核を持っていれば外交的な交渉力が上がるから持った方がお得になる。
小さい時から「なんで核を持つんだろう?」「なんで戦争をするんだろう?」ってよく考えていました。単純に「しないほうがいいじゃん!」「核なんてみんな持たない方が幸せなのに。」と思っていたんですが、そこには人間の行動原理が複雑に絡み合っていたのだということが分かってきました。
こうやって人間の行動から世界を分析することで、世界をより深く理解できるし、よりよい世界を構築するためにはどうしたらいいのか考える「いしずえ」を与えてくれると思うんです。
研究と自分
博士課程に進学する=研究者になる、ということですか?
※博士課程
大学の学部4年間を卒業したあと、さらに勉強や研究をしたい人が進むのが大学院である。
学部卒の人がまず進む課程を修士課程と呼び、さらに研究したい人が博士課程に進む。
日本では、一般には修士課程が2年程度、博士課程がが3年間程度である。
僕の専攻はマクロ経済学なんだけど、博士の学位を取った後は研究者とか国際機関にいく人も多いかな。世界銀行とか、IMFとか。
僕は今は特に考えていなくて、とりあえず研究したいって思ってます。
そういう機関に行ってもやることは結局研究職なわけだし、就職先によってやることが変わるってわけではない気がする。
研究職っていう職業については、勉強がある程度できなくちゃいけなくて、でもできるだけじゃダメっていう部分があると思っています。
みんなのイメージとはちょっと違うかもなんだけど、学年で一番勉強ができる人が目指す職業じゃないんだよね。
能力として勉強ができる人ではなく、粘り強く勉強を続けられる人がつく職業。
必要な能力って言われると、勉強の能力っていうよりは、なにが重要で、なにが研究すべきテーマで、それをどういうふうに数学的に・説得力のある形で提示できるかっていう才能だったりとか。いろんな人を説得するために必要な、プレゼンテーションの能力とか。
単純にペーパーテストができるってだけでなれる職業じゃないし、むしろそっちの方が重要かもしれないなって感じます。
どうして博士課程に進学しようと思ったのですか?
昔からなにかを知るっていうのが好きで。小学校のころから、分野を問わず、研究者になりたいという思いがありました。
今の現状を知りたいってだけでなく、これから世界とか経済とかがどうなっていくのかを、見たり考えたりしていきたいって思いがとても強い。
あとは、学部時代の成績がちょっとよかったので先生から勧められたっていうのもあります(笑)
学部1・2年のとき、サークルも入ってなくて暇だったから、毎日スタバで学部レベルの教科書を読んでました。
知りたいことや得意科目を考えて、大学から学び始めた経済学が、単純に自分に合ってたんだと思います。
どこからその好奇心が湧くのですか?
なんだろうね、ひとつは単純にしょうもない正義感かな。
もっといい社会になるんじゃないかとか、なんでこんな不合理なことが起こるんだろうとか、って誰でも思いつきそうじゃない。
「核なんてみんな持たない方がいいじゃん」とかそういう誰でも思いつきそうなことが、なんで実際社会で起こってないのかがとても疑問。
実際の社会には、頭いい大人はいっぱいいて、そういう人が一生懸命頭をひねって考えて行動した結果がこの世界なので、単純に思いつく解決策にはどこかに問題があるんだろうなーって考えています。
「じゃあその「問題」ってなんだろう?」っていうのが好奇心の源泉ですね。
今、勉強・研究している中で、想像している理想はありますか?
完全な理想自体は、見つけるのはやっぱり難しい。
経済政策を考えるにしても、この層の人にとってはいい政策だけど、別の層の人にとってはあまりよくないとか。
累進課税を行えば平等な社会になるけど、たくさん働いてお金持ちになろうと思う人がいなくなってしまうとか。
なにをするにしても長所と短所があるから、こっからこうしたら全員が得するってのはなかなか難しい。
マクロ経済学者ができるのは、長所と短所を明確化すること。
そして、よりよい社会って言いきれないけど、「最大多数の最大幸福」になるような社会を目指している。
それに寄与できればいいかな、社会をよくすることに貢献できればなって思いがあります。
勉強と自分
小学生の頃から研究を意識…というのはなにの影響ですか?
小さいころから、単純に勉強することが面白かったってのはあるかも。
小学校5年くらいのときに、勉強し過ぎてぶっ倒れたことがあって(笑) 中学受験とかじゃなくて、面白いから勉強してただけなんですよ。
さっきも言った「中学生でもわかる相対性理論入門」の本がほんと面白くて。
中学数学で説明してあるから、小5の僕じゃわからない。なんとなくはわかるけど、細部がわからない。じゃあ、せっかくだから数学勉強してみようかな。
そう思って、小5から中学高校の数学を勉強し始めました。
…ちょっと変わってはいるよね(笑)
これまでの人生で、勉強を強制されたことは一度ありません。
高校も推薦入試だったから、ほぼ勉強はしてないし。
入ってからも、ずっと麻雀してました(笑)
めっちゃ変な高校で、単位制で自分で授業を組むから、大学みたいに空きコマがありました。
自分で選べるから、高校のときは数学を取ってませんでした。「自分でやるから取りません」って。
茶髪・ピアス・私服OKだったし、花見の時期とかは空きコマで花見して俳句読むとかしてました。楽しかったですね。
そういうのも含め大学、特に京大みたいな高校でした。
いろんなタイプの変な人がいて、僕はこの高校の中で普通でしたよ。
例えば…。勉強って意味でヤバい友達がいました。英語が苦手で、ずーっと最下位だったけど、一念発起して、学校を1日休んで単語帳を完璧に覚えてきたんですよ。速単のいちばん小さい単語を問題に出しても即答するの(笑)
後は…。僕は映画部に入ってて、部室でよく麻雀してたんですよ。部室にエアコンがなかったから暑かったり寒かったりして、結構過酷な麻雀だったんです。そんな中、ひとりがストーブを買ってきて。部室にはコンセントがなかったけど、明かりはつけれたから、その電源を拾ってコンセントを作って、電源をつけれるようにして。みんなで、めっちゃすごいってなったけど、部室に流れる電気代が原因で先生にバレて、その後めっちゃ怒られました(笑)
こういう人が周りにいたから、自分のことを天才だと思ったことはありません。
ある程度はできる、と思ってたけど、逆にそういう環境だから己惚れたことはないかな。
京大志望に決めたのはいつですか?
志望校を京大にしたのは高校2年の秋です。
経済学部の理系入試を知って、「これだーっ!」って。
「宇宙」の規模の大きさに圧倒されてそれが怖くなってからは、興味の対象がずっと文系っぽい感じで、特に宗教とか文学とかに興味がありました。そういうことを勉強するところに行きたいなと、なんとなく思っていて。
だから、自分の得意不得意関係なく、文系にいるのが普通だったから文系にいましたね。
でも文系なのに、あまりにも国語ができなくて、ほんとにひどくて。国語と英数で25くらい偏差値が違ったんです。
それで文系は厳しいかな…って思っていたところに、京大経済学部の理系入試を知ったんです。
「これは、ラッキー!理転しよう!」って思って理系になりました。
理系入試があるから京大に、ってのもあったんですが、雅なところに行きたいと思ってたのもありますね。
でも、受験勉強を始めてからは大変なこともありました。
特に数学とかは、授業受けずに、自分でチャート見て勉強してたから…。
全部我流でやってたから、成績もほどほどだし、受験生の中で飛びぬけてできたわけじゃないと思います。
あんまり気にしてなさそうですが、成績で伸び悩んだことは?
伸びなかったけど下がりもしなかったですね。
中学校のとき宮城県の模試で10番くらいだったから、高校の勉強もたぶん大丈夫って思ってたんですよ。でも、一番最初のテストで校内で300人中の100番くらいで、あれおかしいなって。
因数分解で1回追試になりましたし…。
中学って勉強しなくてもその場でなんとかなってたから、その時「ああ数学って勉強しなきゃ解けないんだ」って気付きました。それからは結構必死に勉強しましたよ。次のテストでは絶対良い点とってやる〜って奮起して、そのテストの一ヶ月前から本気でテスト対策しました。教科書も隅々まで覚えましたし、学校から配られたワークもなんども解き直しました。
それ以外では、成績ではあんまり悩んだことがありません。というのも結構勉強時間は取っていたので。
大概の人は部活をやってて、勉強する時間がなくて、引退してからがーっと始めるじゃないですか。
僕は友達が部活している間に、「こそ勉」(こっそり勉強)してました。やっぱり「こそ勉」がかっこいい(笑)
部活をしてるみんなより時間があったから、余裕持って勉強してましたね。
だから、受験勉強はいつ始めたかって答えにくい。
受験勉強って意識するわけでなく、ずっと勉強してたからです。
1年2年の頃から、暇だったからプラチカとか解いてました。
模試も結構本気で受けていました。いい点数とったら気持ちいいから(笑) 先生に模試の過去問もらいに行って、過去問から研究して傾向と対策をしてました(笑)
なるほど…勉強で苦労してる人の気持ちってイメージできますか?
わかる、めっちゃ気持ちがわかります。まず、勉強で苦労する人っていうのは2種類いると思っています。
一つは勉強のモチベーションがなかなか上がらない人。
勉強のモチベに苦労してる人って、基本的には他に興味があるからだと思うんですね。
僕はその興味が勉強に向いてたから、勉強が楽しいと思える。
例えば、義務教育で毎日5時間マラソンとかやらされたら、「ほんとは勉強したいのに…」って絶対思っちゃうと思う。
勉強じゃなくて、ゲームとかYouTubeとかに興味が向いてるだけ。それは全然悪いことじゃないんだけど、勉強のモチベをあげるためには、他の興味をいかに勉強に持ってこれるかが大事だと思います。
そういう意味でモチベをあげれない子の気持ちはとてもわかります。
もう一つは頑張ってるけどなかなか理解ができない人。
ここには、色々な理由があると思うけど、やっぱり時間をかけて丁寧に勉強しないと、理解が浅かったりすぐ忘れちゃったりする。てっとり早く身につけようとした知識が全然頭に入ってなかった経験は僕にもたくさんありますよ。
だから、なかなか理解できない人はとにかく教科書をゆっくり読む。日本語で書かれた教科書だけど、主語は何かな、述語は何かな、目的語は何かなって日本語の文章を構造化しながら読む。話す。こうすると、理解には近づいていくと思います。下手に問題集やるよりはいいんじゃないかな?
では、勉強に苦労する高校生に声をかけてあげるとすれば?
今だったらYouTubeとか見ちゃう子が多いと思う。なんせ受動的に見れるし、単純に見て笑ってるだけだから楽だし、それもけっこう面白いし。
やっぱり、他の興味をある程度断つことが大事です。今一番ハマってることを断たないと、勉強側にモチベーションを持てない。
勉強へのモチベーションが低いってのは人間的に問題があるわけではなくて、大概の原因は、他にモチベーションがあること。そこに対して、自分がアプローチをしてモチベーションをあげるためには、他の興味をどれだけ勉強に持ってこれるかが大事じゃないかな。
自分の意志で興味を向けるのが難しいなら、やっぱり断ってみるとか。
あとは、自分の興味をより高めるためには、基本的なことから理解していく以外にはなかなかないかな。なんとなく覚えるだけの勉強は、やっぱりモチベーションはあがらない。
高校の数学やりたくない人=はじめからなにもわかってない人、が多いんじゃないかと思っていて。だから塾に通っていても、今の数3の勉強を進めるよりも、数1Aをちゃんとやった方がいいって人はいっぱいいて。
問題を解くことによってモチベがあがるわけでなくて、教科書を1文ずつちゃんと読むとか、そういうののほうがモチベをあげるためには重要だと思います。
こうやって解くっていうテクニックって、内容が無味乾燥になっちゃうじゃないですか。
「直線と二次関数が接するときは、判別式=0と置け!」
と知っても自分の中に意味が生まれないし、その意味を生むためには教科書はちゃんと読まないと。意外に教科書にはちゃんとストーリーが書いてある。そのストーリーを自分で紡ぐことができれば良いと思う。
自分で見つけていくのはすごく難しいことだけど、そうやって興味を見つけられたら、自然と勉強へのモチベーションが高められるかなと思っています。
ありがとうございました。
勉強が好き、研究が好き、経済学が好き
その気持ちを支えるのは、やむことなき「知りたい」という好奇心でした。
あなたの興味を持っていることはなんですか?
その気持ちを大切にしてください。